ニーボーダーの世界に触れてみる

2013年7月14日より7月21日の日程で、世界ニーボードチャンピオンシップが、タヒチ・ヌイ・パパラで開催された。
日本からの出場者なし、取材関係者なしの状況であったが、2011年の世界大会を大震災と津波の被害で出場辞退に追い込まれたことを思うと、私ひとりでも世界のニーボーダーにふれててみたい衝動にかられ、高額なエアーチケット・宿泊ホテル・レンタカーを手配して3か月かけて準備した。
自分の本業の忙しい時期をごまかしつつ、カメラ1台・ボード1枚・旅は道連れに従兄弟のサーファーを連れ、波乗り旅行に出発。7月13日の朝、タヒチ・パペーテ着、ハワイと同じように日付変更線を越え1日得した気分で空港に降り立ったのだが、ハワイ行とは違いフライト時間が11時間と長く、日本への直行便は週に2便で、乗り越すと最低5日間の延泊は覚悟の事となる。仕事上の都合で7月21日朝便で日本へ帰国しないといけないので、はじめから大会決勝戦表彰式はみることのできない何とも中途半端な日程であったが、もう50歳を過ぎるとタヒチ旅行は一生に一度のことにもなりかねないので、行けるときに行っておきたかった。

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空港に降りて、やけに焚火の煙臭いところだなっと、またハワイと比べている。タヒチ島はフランス領でフレンチポリネシア諸島のひとつであるから、文化も言葉も違う。同じポリネシアでもハワイの言語とも似ているが、タヒチ語はまた違う。双方共通に通じ合う言葉も多々あるようだが、アロハではなく、ヨオラナだ。もちろん英語とフランス語の違いは、言うまでもない。次の日は早朝から初めての島めぐりのスタートだ。タヒチ島はひょうたんの様な形をしていて、島の人は「大きいタヒチ」と「小さいタヒチ」と言っている。あの有名なレフトブレイクチョポは、「小さいタヒチ」の南東側にある、そしてワールドニーボードチャンピオンシップの会場は「大きいタヒチ」の南側ちょうど中ほどにあるパパラ・リバーマウスのポイントブレイクで行われる、沖にアウターリーフが広がり風とうねりが合えばアウターリーフポイントも充分にサーフ可能だ。開会セレモニー後大会会場で、練習している選手もなく、なんだかのんびり時間だけがそこにあり、少し強めに吹き付ける風が島の天気のうつり変わりを告げている。よくある熱帯の気候で島の反対側は穏やかに晴れているのにある場所を過ぎると、例えば山とか、海峡とかを境に急に風強く雨雲低くスコールをともない海は白波を立てパンピングしてくる。

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(タヒチアン、パパラ)

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多分、三日目は昼前頃大会会場へ到着、昨日よりだいぶ小ぶりな波になっていたが、風が止まり本来のポイントブレイクの形を見せている。初めて目にするニーボードの世界戦だ、出場国の国旗が風になびき、大会アナウンスは英語、フランス語、タヒチ語の混ぜこぜだがやけに雰囲気を盛り上げる。やはり、日本の国旗がないことが少々心残りではあったがカメラをセットして心地よい風と太陽をレンズに取り込む、予定プログラム通りの日程が終了するとアナウンスが入り午後1時頃この日の予選は終了、午後は皆自由解散。

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(2004チャンピオン ベイデン・ピッツと2012年チャンピオン シェーン・シンプソン)

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(奥2013年チャンピオンデイビット・パーケス)

帰り道の途中、気になるサーフポイントがあったので、二人でサーフしてみた。ここもリバーマウスなのだがいつもオンショア風強く、ジャンクウェーブだ。わざわざタヒチへ来てオンショアを選ばなくてもいいものとサーフし終わってから思った。

4日目、この当たりから島民全ての人が持って歩いているフランスパンが気になり始めた。ともかく一人が1mもあるようなフランスパンを4本5本と小脇に抱えご満悦の表情だ。パンの形も焼き方もまるで同じように見える、町の人も小集落の人も同じパンを抱えている。ビール・酒類に至っては町とか地域によって販売時間・販売方法も色々で、午後4時には生ぬるいビールで乾杯の時もありがちだ。冷やしたものは販売しないとか、酒のコーナーだけ締め切っている店も多くある。午後4-5時を境に酒は決められた飲食店で飲みましょうということなのか、酒飲み達に自制を働かせる効果は充分だ、そして物価がすごく高い。この日の午前中、本当に楽園のようなサーフポイントでサーフした。
7月17日、波は更にサイズダウン俗に言うヒザコシ、この日は大会会場沖にザトウクジラが出現。かなりの近さで200-300メートル沖あたりか、この場所でクジラが見えたのは20年ぶりとのこと。波が小さくなると大会はウェイティング、または風がオン、ジャンクウェーブになると、その日もウェイティングをかける。三日間この大会ウェイティングは続き、選手関係者は自由時間、島の観光に出発したり私たちの様につい一時間前知り合ったばかりのタヒチエンと各国の選手達と昼からビール、ワインを飲み笑談できるなんてこれこそ歓迎にふさわしいと思った。
ISAのマウイさんが昼食をご馳走してくれた。食事のテーブルに着くと必ずあの長いパンがカットされて出てくる。夜の屋台、中華の看板を目当てに観光客よろしくパペーテの町へ出かけた時も、中華味を忘れてしまった華僑の調理人が提供する焼きそばの横にもこのパンが置かれる。このパンは主食であって一度に一日分家族の分も含め買い求めているらしい。昼食のレストランの味はSO GOOD、屋台とは違ってバランス、ボリュームとも満足した。

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(スタッフ)

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(デイビット)


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(ラルフ)

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(マウイ)

大きな地図を買った。ぐるり島を一周できる一本道と山の上に行く道があるだけの単純な島地図なのだが、路や場所に明記されている看板が少ない。地図の上をドライブするとサーフポイントはなかなか見つからない、すぐに通り過ぎてしまう。この日一緒に飲食していたマウイさんがパペーテまで行きすがら、サーフポイントを教えてくれた。彼をパペーテの家まで送りとどけた。数か所のサーフポイントを見るにつけ、やはりハワイと比べてしまっている。タヒチヌイ島は自動車で二時間もあれば一周できてしまう小島だ。南と西側には沖にアウターリーフが広く点在し、島の天然バリアの様に大波から島自体をうまく守っているように見える。南極方向からくる巨大な波やうねりを一度和らげている。
沖合はるか白くパンピングする波の内側は穏やかなもので、サーフできるポイントは限られている。もし波・天候によって計画を立てられるのなら、ボートタクシーでアウターリーフもサーフ可能だ。この南極方向からのサウススウェルが夏のハワイ・アラモアナハーバーやマライヤハーバーのサーフポイントに炸裂するわけだから、この南太平洋の小島に押し寄せるウネリ、波は私の想像をはるかにこえるものに違いない。南半球なので、7月は冬、太陽が落ちるのが早い、PM6時には夜となる。

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東寄りの風が更に強まり、南西方向からのウネリも3-7メートルと大きくなると岸近くにあるリーフのチャンネルや岸辺近くでブレイクするサーフポイントもその姿をあらわす。見た目にもウネリ太く、ブレイクする水の量・力ともハワイなみと見て取れる。
7月19日決勝戦までプログラムを消化するには今日が最後のウェイティングだ。風、より強くところにより海上20m/sの予報、波高は依然として3-7mだ、沖合白く波頭がねじ曲がりはじけ飛んでいる。この島は寸法・距離などcm・㎞・㎏の単位表記だ。試しにパパラでサーフしてみることにした。流れ強く、横風のジャンクウェーブ、もがくこと15分、カレントの落ち着くところまでたどり着くと、風にさらされてはいるが、時々3mくらいのレフトが波面も荒く押し寄せてくる。思った通りの波質で力強く、面は堅い。いつもサーフしている日本のポイントとはパワー・スピードともに比較にならない。このコンディションで明日大会が始まると、選手たちを横風が悩ませることになるだろう。岸近くに突然白い泡の中から頭を出す大きな玉石も注意しなくてはいけない。

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(デイビット・パーケス、パパラ)

予選第3ラウンドは、強風・ジャンクウェーブの中スタートした。旅行の日程上、明日の朝には日本へ帰らなくてはならず、時折のスコールの中カメラをテントに移動すること数回、出来るだけの撮影を心掛けた。一緒にビールを飲んだり、笑談をした選手に照準を合わせることで、精一杯だった。選手の中にニーボードメーカー、ライダーのデイビット・パーケスがいた。彼は53歳だという、彼のパワーには驚かされた。この日のライディングを見るにつけ、優勝もしくは上位入賞間違いないものだと思われた。もう一人は、カナリア諸島からスペインチームと共に参加したデイビット・フェルナンデス。そしてタヒチエン、マウイ・サンフォードとテヘイ・ツアヒネ。この4選手をシューティングするにつけ、広い海で1台のカメラが出来ることの限界を感じた。
ここで面白い話がある。会場近く、ラルフの家でデイビット・パーケスに板のことなどアドバイスを受けようと思って、恥ずかしながら自分で作っているK.B(ニーボード)を披露しているとテヘイがこの板を売ってくれっと言い出した。まだ勉強中の私の板を中古品として売ることができるものか、すぐOKとは言えず、まず彼の体重が90㎏以上で私が80㎏以下と板の浮力が合わないことを説明すると、「そんな時は息子にプレゼントする」とやはり欲しいようだ。無料プレゼントという話もかえって相手に失礼に思われ困っていると、島の工芸品を持ち出してきて、これと交換しようと言うことになった。木彫りのお土産品でよく見かける小型のチキの下のほうに槍のようなカジキマグロの長い角が付いていた。カジキマグロの鼻先の角は、釣り上げたときに危険防止のためその場で切り落とすことが殆どなので、その釣り人かその船にいた人以外あまり入手できにくいことはわかるが、その角に彫刻が施されているので、気に入った。人生初の物々交換も楽しく感じられた。テストボードが、こんな経路で人手に渡ることもあるのだな。時と場所、場合に合わせることがよりコミニケーションを深めることになるので、快くOKした。

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(テヘイ・ツワヒネ、パパラ)

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(ベテランカフナ)

大会の話に戻ると、3日間吹きっぱなしのサイドオンショアも午前中の方が幾分落ち着いているようで、朝早めのラウンドに出場した選手の方がいい波を選ぶことが出来ているように思えた。午後から強風更に強まり、時折雨をともなう頃になると高いジャッジスタンドにいる人たち以外からは、選手たちは波の狭間にその姿を見え隠れさせ、すぐ目の前を右方向へ流されていく。1つの波を乗り、演技を終えると1度ビーチにあがり、走り戻り、左方向へ、パドルアウトに最適な場所までくるとまた荒波に挑む。のこり各クラスセミファイナルとファイナルを残すだけとなり、明日はいよいよ決勝戦と閉会式だ。しかし私たちは、今日が滞在最終日なのだ。

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Run !

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(ジェローム・ブランコfromフランス)


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(デイビットfrom カナリア諸島)

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(マイケル・ノバコフfrom オーストラリア)

このニーボーダーの世界にふれる旅行中、いつも私の考えの中にチラついては消える自分の怠り・病中の不安・100%の意思に欠ける行動の不確かさ、反省せざるおえない自分を中年オヤジだからとか、ニーボードはどうせ日本では人気がないからとか、言い訳がましい自分がどこかに潜んでいて、帰りパペーテの空港のトイレで少年の様に隠れ、たばこをふかしながら天井を見つめている。良い方向に考えれば、ニーボーディングの魅力を日本に紹介する足掛かりにもなるではないか。まだ始まったばかりの自分の企画ではある。ほんの1回目のリポートを多用する写真から読者の方が感じ取ってくれればいいのだが。ニーボードは楽しくてやめられない。

日本人スタッフの小林茂雄さん、どうもありがとうございました。いつか日本でニーボード世界大会が開催されることを目標に情報発信を続けていきます。これも小林さんが教えてくれたことですが、空港近くの焚火の煙臭さは、例えば火渡りの業とか・島の伝統料理の火をおこす際に多々あることらしいっとのことでした。
最後に感謝をこめて、ISAのスタッフの皆さんにお礼申し上げます。

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(ノバート・セネスカ fromレ・ユニオン島)
***大会結果が知りたい方はKSUSAにアクセスしてください。

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(スタッフ 小林茂雄さん)

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